会長のひとり言 2010/7~2011/6
2011.6.21


『不連続の連続』


 パソコンに不具合が生じ、しばらくの間ホームページが更新できませんでした。
その間に様々なことがありました。3月11日の東日本大震災、福島の原子力発電所の事故。想像を絶するものでした。震災から3か月以上たった今現在でも数多くの行方不明者がいますし、原発はいまだ終息に至っていません。
 私どものクラブは今年度、結成20周年を迎えました。そして4月23日に結成記念式典を開催する予定でしたが、この震災を受けライオンズクラブとして今出来る事は何かという事を討議し、その結果として記念式典を縮小し削減された費用等などあわせ、200万円の義援金を日本赤十字社を通じて、おくらせて頂きました。
 震災の規模からみれば小さな金額ですが、メンバーの大きな気持ちはきっと被災地に届くこではないかと思っています。


 さて、ライオンズクラブの活動は7月に始まり、翌年6月に終わります。基本的には1年間で役員は交代となります。私の任期もあと10日余りとなりました。そして7月からは新しい会長の下、ライオンズ活動が新たにスタートします。継続的な事業は代々受け継がれていきますが、少しずつその時の会長の特徴が出ます。また、その一年で会長自身がやりたい事業を立案、実施していきます。クラブの活動自体は連続していきますが、執行部自体は1年で解散となります。不連続の連続ということです。


 私自身は今年度20周年記念式典という大きなイベントがありましたので、新規事業というのは計画しませんでした。ただこのホームページを通じてライオンズ活動を世間に広く知ってもらえれば良いなという気持ちで、このコーナーをはじめました。


 パソコンの不具合等もあり下半期はなかなかうまくいきませんでした。
そうこうしているうちに任期終了間近となりました。表現力も乏しく、普段文章などもあまり書く機会が無いので、このような短い文章を作るにも四苦八苦しました。
 思いの丈を充分伝えることが出来なかったのが心残りです。ただ自分がこのような発表の機会を得られ文章を作る、あらためてライオンズクラブの活動に対し真摯に向き合うことが出来たような気がします。   一年間有り難うございました。










2011.3


『御見舞い』


 2011年3月11日の東日本大震災で被害に遭われました皆様、ならびに関係の皆様に心より御見舞い申し上げます。

 私ども富士マウントライオンズクラブは、今年結成20年を向え4月23日に20周年記念式典を挙行する運びになっていました。しかしながら、3月11日の大震災を受け、『We Serve(我々は奉仕する)』というテーマを掲げて活動をしているライオンズクラブとして、今出来る事は何かを考え、クラブ結成20周年を祝う記念式典も重要ですが、この未曾有の大災害に向けての支援がより重大で有るとの認識で一致しました。
 結成20周年記念式典は中止、メンバーだけによる記念例会とし削減された費用、積立金などを合わせて200万円を被災地の義援金に向けることに致しました。
 すこしばかりの義援金ですが、被災者の皆様の御役に立って頂ければ幸いです。
また、富士マウントライオンズクラブはこれからも継続的に支援出来る事を実施していきたいと考えております。
 被災者の皆様が、一日でも早くもとの平穏な生活に戻れますことを、会員一同お祈り申し上げます。








2011.2.1


結成20周年 ご挨拶


 1991年、富士タカオカライオンズクラブのスポンサーにより私ども富士マウントライオンズクラブが誕生いたしました。富士市内で5番目、静岡県で76番目、日本では3003番目でした。そして今年、めでたくクラブ結成20年を迎える運びとなりました。これもひとえにブラザークラブ、地域の皆様の御指導、御鞭撻のおかげだと感謝しております。
 アメリカにおいて最初のライオンズクラブが結成されてから、はや90数年、日本においても60年近い歴史があります。いまや世界206カ国、全会員数は135万人を数えます。ライオンズクラブのネットワークは全世界に広がり国際会長の下、各クラブが様々な奉仕活動に切磋琢磨しています。
 私ども富士マウントライオンズクラブも名前が示すとおり、結成より生涯テーマ「富士山に、みどりを」を掲げ、『富士山清掃』、『富士山麓ブナ林創造事業』、『ふじ山夢ロード事業(富士南麓道植樹事業)』など富士山に関する環境保全活動を主体に、また、青少年育成にも力を注ぎ『富士市中学校全国大会出場優秀選手表彰式』、『富士マウントライオンズクラブカップU-10少年サッカー大会』などを開催し、次代を担う子供たちを支援しています。そのほか『献眼運動』『交通安全運動』『献血活動』などの多種多彩な奉仕活動(アクティビティ)を展開して参りました。
 今後も、既成概念にとらわれない、また時代が求めている奉仕活動と地域社会を始めてとする様々な方々との交流を通して、生きることのすばらしさ、人を敬う気持ち、命の大切さ、そしてライオニズムの昂揚に、会員一同努力して自己研鑚に励んで参りますので、これからも更なる御指導、御鞭撻を賜りますと思います。






2010.12.27


年の瀬


 早いもので2010年も残り数日となりました。ここ数年特に、時間が経つのがものすごく早く感じられます。苦しい時間は長く感じ、楽しい時間はあっという間に過ぎると言いますから、良いことなのでしょか?
 ライオンズクラブの活動は、7月から事業年度が始まりますので、この12月で上半期の終了となります。私どもの富士マウントライオンズクラブの事業活動を振り返って観ますと、7月に『富士山清掃』、9月には『富士山麓線清掃』、10月は『JR新富士駅周辺の清掃』と屋外での清掃活動が目立っています。このほかにも献血活動などもやっていますが、上半期は環境保全活動が主となっています。気候的にもちょうど屋外で活動するのには適しています。
 今年の夏は異常に暑い日々が続きました。地球温暖化など私たちを取り巻く生活環境が悪くなる方向に進んでいるような気が致します。それに対し市民一人一人が、なにを出来るが考えていく必要があることは、ここで言わなくても重々承知のはずたと思います。

 環境保全活動は余り目立たない事業ですが、非常に大切な事業の一つです。地道にコツコツとやる事業です。すぐに結果は出ませんが、やりきった充実感は大きいです。
 9月に実施した『富士山麓線植樹』は5月に植栽したサクラの木とモミジの木の周りの下草刈りや、投げ捨てられたペットボトルや空き缶そのほかのゴミの片付けを行いまいした。
集めたゴミの量や、きれいに刈り取られた植栽した場所を見ると、本当に感動的です。
やってよかったという気持ちでいっぱいになります。このような気持ちが清掃活動に参加してくれた皆さんが感じ、その輪が広がっていくと美しい環境が取り戻せ理のではないでしょうか。きれいな心、きれいな環境で新しい年を迎えたいものです。






2010.12.12


献眼活動とライオンズクラブ



 ライオンズクラブの奉仕活動・事業(アクティビティー)のひとつに献眼活動があります。
1925年アメリカ・オハイオ州で行われた第9回国際大会で、ヘレンケラー女史が『ライオンズよ!闇を開く十字軍の騎士たれ』とスピーチをして以来、ライオンズクラブが視覚障害者に対する奉仕活動を全世界で展開してきました。視覚障害者に対する奉仕活動は様々あります。盲導犬の育成、白い杖運動、献眼活動などです。其の中でも特にライオンズクラブは献眼活動に力を注いでいます。光を失った方に、亡くなったドナーから角膜を提供していただき、それを移植し光を取り戻していただくということです。実務的なことはアイバンク協会というところで行います。私たちライオンズクラブは、多くの方に献眼登録をしていただく事などの啓蒙活動と、お亡くなり、角膜提供に賛同していただけるご遺族がいれば、眼科医の先生をお連れして採眼のお手伝いなどさせていただいてます。(病院に眼科医がいれば、病院で採眼する場合も有ります。)また角膜提供なされた方のご葬儀に参列させて頂き、アイバンク協会、ライオンズクラブ国際協会からの感謝状を奉天させていただきます。毎年秋には富士市内5LC合同で慰霊祭並びに厚生労働大臣感謝状の伝達式を富士市斎場にて行っています。今年度も11月16日に執り行われました。
献眼は人生最後、また人生最高の奉仕とされています。命が無くなっても、光はまた其の先も光輝き続けます。其の先の未来も見ることが出来ます。
 今年富士マウントライオンズクラブを通じて御献眼なされた方が2名いらっしゃいました。これで4名の方に光が戻ってくることでしょう。まだまだ、県内、全国、世界には光を待っている方が大勢います。ご遺体にメスを入れるということにご遺族の方には当然抵抗があると思われますが、御献眼された際、眼科医の先生が義眼を装着させていただくため外見上の変化はありません。この活動を御理解いただき、一人でも多くの光を待っている方に、光を与えてあげてください。
 ライオンズクラブでは献眼登録また角膜を提供しても良いという方の情報をお待ちしています。







2010.10/6


継続は力なり・・・・努力の継続



 先日、当クラブメンバーのSさんのお嬢さんの結婚披露宴に御招きを受け、出席させていただきました。シンプルな披露宴で非常に心地よい時間を過ごすことができました。Sさんおめでとうございました。
 私もこの10月で、ちょうど結婚30年目を迎えることになりました。(ちなみに30年目は 真珠婚式 と言うそうです。) 振り返ってみるとあっという間の30年でした。
『継続は力なり』という言葉が有りますが、30年続けるという事は本当に大きな力、自身になっています。


 富士マウントライオンズクラブも今年度結成20年を迎えます。20年の間に様々な事業を展開してきましたが、その中でも『富士山清掃』、『中学校全国大会出場選手表彰』の二つの事業が、継続事業として18年ほど続いています。この二つがクラブの根幹といっても良いと思われます。環境保全活動と青少年教育です。子供たちの未来へ残すもの、未来を担っていく子供たち。とても大切な事業だと思っています。やめることは簡単ですが、継続していくには、たゆまない努力、努力の継続が必要です。
 二つの事業も使命感が無くなるまでは続けていきたいと思います。いずれは我がクラブの伝統事業となることでしょう。
 それと、今年結成20周年を迎えるにあたり、記念事業の一環として昨年度より始まった富士山麓線への植栽事業『ふじ山 夢ロード』という事業が有ります。6年計画ではじめましたが、将来10年、20年と出来れば長く続けて行ければいいなと思っています。
樹木の成長と共に時間を共有する楽しみを味わえればと思っています。当然 私1人で出来る事では有りません。メンバー全員の力を結集し、また市民の皆さんの力も借り、大きな目標に向かって行きたいと考えています。
 大きな目標を持ち、止めない努力、続けていく努力、努力を継続していく。

 継続は力なり。






2010.9/23


ありがとう



 NHKの朝の連続ドラマ『ゲゲゲの女房』をよく見ています。 ドラマの内容が面白く見ているのですが、『いきものがかり』が歌う主題歌『ありがとう』も気に入っています。
 『ありがとう 君に伝えたくて・・・・』という歌の出しのフレーズ非常に心地よく耳に入ってきます。

 ライオンズクラブに入会して、約20年経ちました。入会前は、ボランティア・奉仕等という事とは、まったく無縁でありました。入会間もない頃は『奉仕をしてあげている。』という意識が強くありました。しかしある時、自分の置かれている立場を考えたとき、今自分がここにいるのは、周りにいる色々な人の助けがあって、今があるという事に気づきました。
それ以来『奉仕をしてあげる。』ではなく、『奉仕をさせていただく。』という意識に変わりました。『奉仕をさせていただいて、ありがとう。』という気持ちです。
 また、自分がこうしてライオンズクラブに20年も在籍して、様々な活動が出来る環境にも感謝してます。先輩ライオンに助言・指導を受けたことを、今度は後輩ライオンにアドバイスしていければ良いなと思っています。
 社会の中では自分ひとりでは生きては行けません。直接的にまた間接的に様々は人たちに世話になり、助けていただいています。そんな事を感じながら、今度は自分が社会に対して恩返し出来れば良いなと思いながら、ライオンズクラブを通して社会貢献をしているつもりです。
 非常に厳しい経済状態の中、また体力的にも落ちる中、いつまでライオンズ活動が出来るかわかりませんが、出来る内は『ありがとう。』という感謝の気持ちを持ち、頑張っていきます。自分が誰かに支えてもらったように、誰かを支えていきます。






2010.7/20


富士山清掃



 7月17日(土)に恒例の富士山清掃の奉仕活動を行いました。今年で18回目になります。
 私どものクラブの名前が示す通り、富士山に関する奉仕活動・環境保全活動が何件かあります。富士山清掃もそのうちのひとつです。またクラブ生涯テーマは『富士山にみどりを』としており、富士山を中心?に活動をしているといっても過言ではないと思います。
 現在は『富士山清掃』といっていますが、数年前までは『富士山山頂清掃』でした。
活動開始当初は早朝富士の街を出発し五合目まで貸切バス、五合目のレストハウスから登山開始、山頂を目指しました。途中でリタイヤする者、山頂まで元気に着いた者様々でした。帰りはいつも日が沈みかけていました。その後安全性を考え一泊で山頂を目指しました。でも寄る年波には勝てず、数年前より五合目及び宝永火口周辺の清掃活動にも切り替わりました。考えると実にハードな奉仕活動でした。
 最近は、五合目から上はかなりゴミが減少しており、登山客への啓蒙活動にも力を注いでいます。
 富士山の麓に住むことを喜びに思います。雲で見えない日は別にして、いつ見ても飽きない富士山の姿。見る度に感動します、そしてパワーを貰えます。富士山は私にとってパワースポットのひとつでもあります。世界に誇れるこの美しい富士山の姿を孫子の代まで残したいものです。その残すことが、我々の使命だと思っています。





2010.7/7

出会い





 2010年~2011年の会長を務めます吉村昭夫と申します。今年還暦を迎える、戦後ベビ-ブ-ム最後の世代です。ライオン暦は富士マウントライオンズクラブに入会して、今年で20年になります。人生の1/3の時間をライオンズクラブに係わってきました。
 クラブも今年20周年を迎えます。ライオンズクラブでは創設メンバ-のことを、チャ-タ-メンバ-と呼びます。私も創設時の会員ということで、チャ-タ-メンバ-になります。創設時には65名いたチャ-タ-メンバ-も現在では14名しか残っていません。天寿を全うされた方、経済的理由で退会された方。退会理由は様々ですが非常にさびしい限りです。でも入会された方も延べ30名以上いらっしゃいます。そして現在は37名のメンバ-で様々な奉仕活動を展開しています。
 20数年前はライオンズクラブなんてと自分とは別世界のものと思っていました。知人からライオンズクラブの入会を勧められ、何かの縁だと思い入会を決意しました。入会当初は知り合いもほとんどいなく、不安な日々でした。そのうち年齢の近い10数人が集まり、ヤングライオンズと称し、よく一緒に行動していました。仕事の絡みも無く、利害関係も無くまた同年代ということで気も会いました。酒を飲みながらいろいろ議論を交わしていました。今考えると非常に青臭いけど、有意義で楽しい時間でした。
 20年の間、ライオンズメンバ-としていろいろな方と知り合いになることが出来ました。名刺交換させていただいた数も200枚以上になります。ライオンズクラブ関係の方はもちろん奉仕活動を通じて知り合いになった方も数多くいらっしゃいます。
 20年を振り返ってみて、様々な人たちとの『出会いと別れ』、このことが私の貴重な財産となって残っています。ライオンズクラブに入会してよかったことのひとつです。ライオンズクラブには仕事関係、地域とは違った、人間社会があります。よい面悪い面あると思いますが、本人の考え方ひとつだと思います。
 今年一年、どんな人たちと出会えるか楽しみです。また会長としてどのくらいクラブに社会に貢献できるかわかりませんが、精一杯がんばります。一年後どのくらい自分が成長?しているか、楽しみです。
















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